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共同創業者間の予期せぬ離脱に備える:リスクマネジメントとしての初期合意と法務戦略

Tags: 共同創業者, 契約, Exit, リスクマネジメント, 法務, 株式

スタートアップを共に立ち上げる共同創業者との関係は、事業の成否を左右する最も重要な要素の一つです。強い信頼関係に基づき、共に困難を乗り越える覚悟を持ってスタートを切るからこそ、事業に集中し、成長を加速させることができます。しかし、経験豊富な経営者として様々なリスクを想定されている皆様においても、共同創業者の「予期せぬ離脱」というリスクについては、十分に検討されているでしょうか。

この予期せぬ離脱は、残念ながら多くのスタートアップで起こり得る現実です。それは、創業者の熱意が冷めたからという単純な理由だけでなく、価値観の大きな相違、事業の方向性に関する決定的な対立、あるいは家庭の事情や健康問題、さらには魅力的な外部機会からの誘いなど、様々な要因によって引き起こされます。経験豊富な経営者の方々でも、共同創業者という対等なパートナーシップにおいては、従業員に対するような指揮命令権はありません。だからこそ、予期せぬ事態への備えがより一層重要になるのです。

なぜ予期せぬ離脱への備えが重要なのか

共同創業者の離脱は、単に一人が抜けるという事象に留まらず、スタートアップ全体に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

まず、事業の推進力低下です。特に初期段階では、共同創業者がそれぞれの専門分野や責任範囲で事業を牽引しています。その一角が欠けることは、単なる人員不足ではなく、特定の機能が麻痺することを意味します。

次に、チームや関係者の士気への影響です。共同創業者の離脱は、社内外に対し不安や疑念を生じさせ、チームの結束力を弱めたり、優秀な人材の流出を招いたりするリスクがあります。投資家や取引先からの信頼失墜にもつながりかねません。

さらに、資金調達への影響も無視できません。投資家は共同創業者のチーム構成を重視しており、その核となる人物が離脱することは、今後の資金調達に大きな障害となり得ます。

これらのリスクを最小限に抑え、事業の継続性を確保するためには、予期せぬ離脱が起きた場合にどう対処するかを、事前に明確に定めておくことが不可欠です。これは、共同創業者間の信頼関係を前提としつつも、万が一の事態に備える、まさしくリスクマネジメントの考え方です。

リスクマネジメントとしての「初期合意」の重要性

予期せぬ離脱への備えは、事業が軌道に乗ってから、あるいは問題が発生してから話し合うべきことではありません。最もスムーズに、かつ公平な条件で合意形成ができるのは、共同創業者間の信頼関係が最も強く、まだ対立や感情的なしこりがない、スタートアップの初期段階です。

事業が拡大し、関係が複雑化したり、残念ながら意見の相違が生じたりした後に、デリケートな「離脱」について話し合うことは、非常に困難を伴います。また、事業価値が向上した後では、離脱する共同創業者の持分価値が高まっているため、残る共同創業者や会社にとって、その株式の買い戻しなどが経済的に大きな負担となる可能性があります。

したがって、共同創業者として協力し合うことに合意した早い段階で、「もし誰かが離脱することになったら、どうするか」というルールについて、真剣に話し合い、合意しておくことが極めて重要なのです。これは、お互いの将来を守るための「保険」のようなものだと捉えるべきでしょう。

初期合意で具体的に定めておくべき事項

では、具体的にどのような事項について合意しておくべきでしょうか。主なものとしては、以下の点が挙げられます。

  1. 離脱の定義とトリガー どのような状態を「共同創業者の離脱」とみなすかを明確にします。例えば、自己都合による退職、会社による解雇、死亡、重篤な疾患や障害による職務遂行能力の喪失などが考えられます。どのような事象が発生した場合に、後述する株式の取り扱いなどのルールが適用されるのかを定めます。

  2. 株式の取り扱い(Vestingを含む) 共同創業者は、設立時に一定割合の株式を保有することが一般的です。しかし、スタートアップへの貢献は時間をかけて実現されるものです。そのため、多くの場合「Vesting(ベスティング)」という仕組みを導入します。これは、株式の権利が一度に確定するのではなく、会社に貢献した期間に応じて段階的に確定していくという考え方です。

    • Vestingスケジュール: 例えば、「4年間で権利確定、1年間の崖(Cliff)」といった具体的な期間と割合を定めます。これは、勤続1年未満での離脱の場合、株式の権利は一切確定しない、というルールです。
    • Vesting前の株式: Vesting期間中に離脱した場合、まだ権利確定していない株式をどうするかを定めます。通常は失効するか、会社または残る共同創業者によって買い戻されることになります。
    • Vesting済み株式: Vestingが完了した、あるいは離脱時点までにVestingされていた株式をどうするかを定めます。離脱理由によって、原則としてそのまま保有できるのか、あるいは会社や残る共同創業者に買い戻しのオプションが生じるのかなどを決めます。
  3. 株式の買い戻しに関するルール 離脱した共同創業者の株式を会社や残る共同創業者が買い戻す場合の、最も重要な論点です。

    • 買い戻しの「義務」か「権利」か: 会社や残る共同創業者が必ず買い戻さなければならないのか、それとも買い戻すことができる(任意)のかを定めます。通常は会社の財務状況などを考慮し、買い戻し「権利」(オプション)とするケースが多いです。
    • 買い戻し価格: 最も難しい論点の一つです。
      • 自己都合退職や競業行為など、会社や他の共同創業者にとって不利な理由で離脱する場合、株式を簿価(会社設立時の額面価格など、非常に低い評価額)で買い戻すという定め方をすることがあります。これは、その離脱が他の共同創業者や従業員によるその後の貢献によって生み出される将来の価値を損なう、あるいは裏切る行為であるとみなされるためです。
      • 一方で、死亡や重篤な病気など、やむを得ない理由での離脱の場合、時価(フェアバリュー)に近い価格での買い戻しを検討することもあります。ただし、非上場企業の時価評価は容易ではなく、その算定方法自体を定めておく必要があります(例:直近の資金調達時のバリュエーション、専門家による評価など)。
      • 離脱理由に関わらず、特定の計算式やルールに基づき一律の価格を適用する場合もあります。
    • 買い戻しの手続きと期間: 買い戻しの意思決定から実行までの具体的な手続きや期間を定めます。会社の資金繰りを考慮し、分割払いにする可能性なども検討します。
  4. 知的財産・情報アクセス 離脱する共同創業者が保有していた会社の情報資産やアクセス権限について定めます。会社の機密情報、顧客情報、技術情報などを適切に保護するため、これらを保持しないこと、外部に開示しないこと、使用しないことを明確に合意します。また、会社のデバイス(PC、スマートフォンなど)や、各種オンラインサービスへのアクセス権限の速やかな返還・削除についても定めます。

  5. 競業避止義務 離脱後、一定期間、会社の事業と競合する事業を行わない、あるいは競合他社に就職しないという義務を課すか検討します。ただし、この条項はあまりに広範だと無効となる可能性があるため、期間、地域、対象となる事業内容などを具体的に、かつ合理的な範囲で定める必要があります。

  6. 対外的なコミュニケーション 共同創業者の離脱は、チームメンバーや顧客、投資家などの関係者にとって大きなニュースです。誰が、いつ、どのように説明を行うかについて、事前に合意しておくことで、情報の混乱を防ぎ、外部からの信頼を維持することができます。離脱する共同創業者も含む関係者間で、事実に基づいた一貫性のあるメッセージを発信することが重要です。

  7. 紛争解決条項 万が一、離脱に関する交渉や契約の解釈について意見の対立が生じた場合の解決方法について定めます。まずは当事者間の誠実な協議を試み、それが不調に終わった場合は、第三者機関による調停や仲裁、あるいは訴訟といった手段を講じることを合意しておきます。どの国の、あるいはどの裁判所の管轄とするかなども定めます。

法務戦略としての契約書の活用

これらの初期合意事項は、口頭での約束に留めず、必ず書面に残す必要があります。最も一般的なのは、「共同創業者契約書(Founders' Agreement)」あるいは既存株主がいる場合は「株主間契約書(Shareholders' Agreement)」の中で、これらの条項を盛り込む方法です。

これらの契約書は、共同創業者間の権利義務、株式の取り扱い、機密保持、競業避止など、幅広い事項を網羅的に定めるものであり、スタートアップの根幹に関わる重要な法務文書です。

契約書の作成にあたっては、インターネット上の雛形を安易に利用するのではなく、必ずスタートアップ法務に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。雛形はあくまで一般的なものであり、皆様のスタートアップ固有の事情(事業内容、共同創業者の人数と役割、資金調達の状況など)に合わせてカスタマイズする必要があります。専門家の知見を得ることで、予期せぬリスクを洗い出し、将来的なトラブルの芽を摘むことができます。

また、契約書だけでなく、共同創業者間の話し合いの中で合意した内容を記した「覚書」や、重要な意思決定プロセスの議事録なども、後々の誤解を防ぐために有効な手段となり得ます。

円滑な合意形成のための対話のポイント

「もしもあなたがこの会社を離れることになったら?」という問いかけは、お互いに信頼し合っているからこそ話しにくいテーマかもしれません。しかし、ここで避けて通らず、誠実な対話を行うことが、その後の健全な関係性を維持するためにも重要です。

話し合いを進める上では、以下の点を心がけると良いでしょう。

まとめ

スタートアップの共同創業者間の関係は、理想的には永遠に続くパートナーシップです。しかし、現実には予期せぬ事態によって、その関係性が変化する可能性もゼロではありません。経験豊富な経営者の皆様であればこそ、こうした「最悪のシナリオ」も想定したリスクマネジメントの重要性をご理解いただけるでしょう。

共同創業者の予期せぬ離脱に備えるための初期合意と法務戦略は、決して不吉な予言や不信感からくるものではありません。むしろ、お互いが安心して事業にフルコミットし、万が一の際にも事業の混乱を最小限に留め、関係者への影響を軽減するための、極めて現実的かつ建設的なステップです。

初期段階でデリケートな論点について真剣に話し合い、専門家の助言を得ながら適切な契約を結んでおくこと。これが、スタートアップの持続的な成長基盤を築き、未来のリスクから会社と自身を守るための、経験者だからこそ実践すべき重要な法務戦略と言えるでしょう。